「無条件の愛」は無限だけど感謝がなくなると閉ざされてしまう
無条件の愛とよく聞くと思いますが、こちらのブログでも耳にタコができるぐらい何度も言ってきました。
しかし、やはり無条件の愛と聞いてもボンヤリとしたイメージしかない人が多いでしょう。
無条件の愛は「見返りを求めない」のが本質であり、誰にでもその恩恵を受けられます。

無条件の愛とはまさに「「無限大」なので枯渇することはありません。
ただ、ここで「無限で枯渇することがない」と聞いて、そこでどんな認識を持つかどうかで大きく変わります。
今まで、この世界では無条件の愛に「甘えすぎ」ました。
甘えすぎるとはどういうことか。まず人は誰もが失敗や過ちを犯します。
どんなに愛があってもいじめが発生したり、人のものを壊したり奪ったりしてしまうこともあるでしょう。
人はそのような過ちから学び、「これはしてはいけない」と魂で学んでいくんです。

問題なのは、その過ちや失敗を自愛として正当化し、してはいけない犯罪を容認し続けてきたことです。

一番わかりやすいのは「搾取しか考えない政治家に対して何も声を上げない」「間違った方向へ行っていることを指摘した人を村八分する」「子どもを暴◯という形でない虐◯であれば良い親としてみなす」というものです。
特に日本だとわかりやすく、上に立つ者が表向きは笑顔で綺麗事を言っていても、裏でとんでもない悪事をしていたのは日常茶飯事でした。

でも権威による洗脳、「あの偉い人がそんなことするはずはない」という思い込み、そういう同調圧力が無条件に甘えて悪が拡大しすぎる事態を招いてしまったと思います。

最終的に多くの人が感謝をしなくなり「やって当たり前」「労働者は使い捨て」「食えるだけ食ってあとは捨てる」というように、感謝のなさが無条件の愛への「冒涜」へと変わりました。
このように感謝をなくしていくと、自ら低い周波数へ堕ちていき、その低い周波数は無条件の愛と相容れなくなるので自分から無条件の愛を「拒絶」してしまうんです。

だから感謝をなくすと無条件の愛を自ら突き放して貧しくなっていき、いろんな不足や飢餓を招いてしまいます。

今まさにそれが目に見えるように起きており、無条件の愛は感謝のあるところに流れていくことを改めて思い出す必要があります。
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「被害を受けた事実をありのままに認める」と「被害者意識で加害者になる」は異なる!!
今まで日本の悪政や搾取構造など、それに対して嫌というほど怒りを感じた人も多いと思います。
怒りを感じることはいいことですし、むしろ抑えて続けてきた感情がいまどんどん出てきているところです。

それは今までずっと反抗せずに従ってきた状態から独り立ちしようとする過程で必ず出てくるものです。
ただ、ここから大事なことを話します。
今、日本は表向きかなりのピンチです。
ピンチということは、それだけ一人ひとりの自分自神が変わることを促しているということです。

多くの人にとって「被害を受けた」というのは事実であり、被害を受け続けたことに対する感情を無視することはできません。
その感情をどうやって処理するか、基本的には内なる対話で奥で泣いている自分(インナーチャイルド)を時間をかけて癒やしてあげること、難しければ信頼できる人に話すという方法があります。
これは「被害を受けた自分をありのままに認める」「世間からもお前が悪いと捻じ曲げられて、抑えてきた感情をありのままに感じ尽くす」ということです。
被害を受けたと自覚する事
— 荒崎まな○◎花丸💮の世界へ (@arasakimana) August 11, 2025
と
被害者だと自認する事
と
被害者意識に飲まれる事
は似ているけど違います
被害を自覚する事は
近い関係性からのモラハラや毒親からの被害で大事で
しっかりと自覚する事は一つの壁となります
被害者だと自認する事は
自分のセルフイメージを被害者だと固定してしまい… https://t.co/pzTqmenD5H
被害を受けたと自覚する事
と
被害者だと自認する事
と
被害者意識に飲まれる事は似ているけど違います
被害を自覚する事は
近い関係性からのモラハラや毒親からの被害で大事で
しっかりと自覚する事は一つの壁となります被害者だと自認する事は
自分のセルフイメージを被害者だと固定してしまい
被害者であり続けるために
加害者を引き寄せてしまいます
被害を自覚しつつ、被害者だと自認しない事が大切になります被害者意識に飲まれる事は
「被害者だからこのぐらい許されるだろう」と無自覚に加害者になるリスクがあります
自覚しないために現実を見ないようにすると自己愛者へのルートを進みます
これは、吸血鬼に噛まれた人が吸血鬼化するといったモノです被害者意識に飲まれないように注意する事は常日頃心がけた方がいいです
これを時間をかけ泥臭く自分と対話していくことで、段々と被害を受けた自分を癒やし次のステージに行くことができます。
内なる自分と対話するというのは、バンパイアに噛まれた傷を自分で癒やし、自分がバンパイアになることを防いで進化の糧にするということです。

内なる対話には当然痛みもあるし、無自覚に自分が加害していたことにも向き合う必要があります。
特に「自分が作り上げた理想像」と現実の自分がかけ離れいた時の恥も感じ尽くすので、そういった恥を思い出して悶え苦しむこともあります。
でも内なる対話はやればやるほど自分自神が活性化し軽くなっていくので、痛みはあれど「原因療法」となって生き生きとした自分が復活していきます。

問題なのは↑のような内なる対話から逃げ、被害者意識に飲まれて自らが加害者として改心しないことです。
たとえば多くの毒親は、その親もまだ毒であり、自分が愛を与えられなかったことから目を背けて同じ毒のコピーとして、自分の子に対してぶつけています。
これはまさにバンパイアに噛まれ、そこから抵抗せずに自らもバンパイアと化してしまった状況です。

正直、内なる痛みと向き合うよりも自分が搾取側に回って新たな闇になるほうが楽なんです。
しかし、その辻褄合わせとして必ずいつかはもっと痛みを感じて自分と向き合うことになります。
どちらにしろ、早めに自分と向き合った方が総合的に考えても本当の「楽」なんです。
二極化とは、まさに内なる自分と向き合って自分自神の「愛の自家発電」を取り戻したか、それとも被害者意識に飲まれて自らも加害者となってエネルギー搾取側に回ってしまったかということもあるでしょう。

自ら加害者に回ってしまった人は「自分に情をかけろ」と言いますが、そこに甘えさせる必要はなくビシッと棲み分けして大丈夫です。
自己愛者って人生のどこかの時点で被害者意識に飲まれて
— 荒崎まな○◎花丸💮の世界へ (@arasakimana) August 11, 2025
加害者になった存在です
だからといって、情をかける必要はありません
自己愛者は被害者意識に飲まれて加害者となっているという事実から目を背けるのも目的となっているため… https://t.co/sbChDxliqL
自己愛者って人生のどこかの時点で被害者意識に飲まれて
加害者になった存在ですだからといって、情をかける必要はありません
自己愛者は被害者意識に飲まれて加害者となっているという事実から目を背けるのも目的となっているため
近くにエネルギーを奪える人がいる限り自分自身を見つめる事が出来ないためです
自己愛者から離れて関わらない事は究極的には自己愛者のためにもなる(孤立して自身と向き合わざるを得なくなる必要があるため)
自分自身が被害者意識に飲まれないように注意する事
被害者意識に飲まれている人から離れる事
などを大切にしてください😊
被害者意識に飲まれないように注意する事は常日頃心がけた方がいいです
もう救いようのないほど堕ちてしまった人は、一度どん底まで行くことで初めて自分が間違っていたと気付くことで魂の学びになります。
一見残酷に聞こえるかもしれませんが、無条件は愛は魂を平等に育むために決して甘やかしはしません。
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「鬼滅の刃」上映は一人ひとりの「強さ」を問うているメッセージ!!
今年から鬼滅の刃の無限城編が上映されており、これが2027年まで分割して上映されます。
鬼滅の刃には先ほど話した「自分と向き合う強さ」が詳細に描かれています。

ネタバレ含むので詳しくは話しませんが、肉体的な力は強かったり多くのものを持っていても、自分の心が弱ければ鬼に魂を売ってしまいます。
逆に家族など大切な人たちを奪われて肉体的な力が対したことなくても、自分の心が強ければ鬼への対抗心を持って世のために刀を振るうことができます。
これとシンクロするように、僕たちもまた一人ひとりの「心の強さ」が求められています。
心の強さとは「自分に打ち克つ強さ」のことです。

Xなどでも、自らの心が弱かった故に悪鬼となって悪い方向に大暴れしている人もいれば、ちゃんと内面と対話して冷静(霊性)に愛の方向へ導く人もいます。
どんな場においても、冷静(霊性)な判断が大事であり、これを失うと負けてしまいます。
よく怒りのままに拳を振るう場面もありますが、それは熟練した達人には見切られすべて回避されます。
なぜなら怒りに身を任せて振るう攻撃は単純化しており、熟練した達人にとっては全部予測できるので回避できてしまうんです。
わかりやすい例がスターウォーズで闇堕ちしたアナキン(後のダースベイダー)が惑星ムスタファーで師匠オビ・ワンに怒りのままに攻撃するシーンでしょう。結果的に闇堕ちしたアナキンはオビ・ワンに斬り捨てられてしまいます。
まさに自分の心が弱く鬼になって冷静(霊性)な判断ができなくなった結果、無自覚に自分の力が弱くなって躱されてしまうということです。

世の中に大きな闇は存在しており、それらはホワイトハットやアライアンスたちの命がけの決戦、まさに鬼滅の無限城編のような決戦で、勝利して大きな闇は排除されました。
しかし彼らでも高次元存在であっても、一人ひとりの心そのものに干渉することはできず、一人ひとりの「自分に打ち克つ強さ」が求められているんです。

予言で強調されていた「流される」は、自分に打ち克つ心が弱くて悪しき方向に乗っ取られていき、最終的に愛を失って地球に居られなくなるということだと思います。

もう秩序は誰かの定めたものに従うことではなく、自分自神が秩序となって自分軸として光明になることなんです。

もちろんこれらの情報が100%正しいとは限らないので、本当かどうかは各々で調べてみてください。
あとXでも配信しています。
最後まで読んでいただきありがとうございました😊✨
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